Thursday, July 03, 2008
単語について最近考えていること
英語でなくても言語を勉強している方はわかると思うが、単語というのは必要不可欠なものである。ブロークンでも単語を並べて通じればいいという人だとしても単語はやはり必要になってくるわけである。言わば単語は基礎体力のようなもの。いいサッカー選手になろうと思えば、まずは90分間走れる体力がないと技術云々の話にさえならないわけである。最近、個人的に僕もフットサルに熱中しているのだが、パスの精度だ、シュート力だというよりもまずは走り回れる事が本当に重要だということを実感している。
けれどサッカーもそうだが、基礎体力を伸ばすという作業は非常に地道でつまらないものである。例えば、ランニング、腕立て、腹筋、というようなものである。地味すぎる。単語の勉強もやはりそうだ。それでつまらないからと言って単語をおろそかにして、いつまでも英語力が伸びない人がなんと多いことか。この状況を僕はいつも憂えている。
そもそも中学校、高校のテストもよくない。テストさえパスすればもういいよ、とみんなが思っている。一夜漬けでも相当な効果が上がるし、大学受験で恐ろしい数の単語を覚えても入学して数ヶ月でアルコールの波間に消えていく。本当は単語は絶えず見直しをして、いつでも頭の引き出しから出てくるようにしなければいけないのに。まずこの中学、高校のときのような単語への考え方を抜本的に見直さないと効果的に単語は定着していかない。
そして覚える際にも皮肉にも歳とともに記憶の定着は悪くなっていく。これはおそらく脳医学的にも仕方のないことなのだろう。高校生のときにはぼんぼんと頭の中に入ってきたのに全然入ってこなくなる。何か効果的に覚えられる手段はないものかと思う。
秋元康だったかが、このようなことを言っていた。「音楽とは思い出のしおりである」と。例えば中学時代によく聴いていた曲を聴くと鮮明にそのときのことが思い出されたりする。失恋の曲、結婚式に流れた曲、親友と朝まで飲み明かしたときに聴いていた曲、その曲ひとつひとつが何年経っても強烈にしかも至極鮮やかに記憶を蘇らせてくれる。
脳の話になるが、音と匂いというのは記憶に直結しているものらしい。つまりこれを効果的に使って、単語を覚える手段はないものかと最近考えている。例えば曲を聴いて記憶を思い出すのであれば、その単語の発音を聴くと意味がぱっと思い出されるというようなことが可能のようにも思えるのだが。これを実現にうつせるアイディアを毎日教えながらも探している今日この頃である。
けれどサッカーもそうだが、基礎体力を伸ばすという作業は非常に地道でつまらないものである。例えば、ランニング、腕立て、腹筋、というようなものである。地味すぎる。単語の勉強もやはりそうだ。それでつまらないからと言って単語をおろそかにして、いつまでも英語力が伸びない人がなんと多いことか。この状況を僕はいつも憂えている。
そもそも中学校、高校のテストもよくない。テストさえパスすればもういいよ、とみんなが思っている。一夜漬けでも相当な効果が上がるし、大学受験で恐ろしい数の単語を覚えても入学して数ヶ月でアルコールの波間に消えていく。本当は単語は絶えず見直しをして、いつでも頭の引き出しから出てくるようにしなければいけないのに。まずこの中学、高校のときのような単語への考え方を抜本的に見直さないと効果的に単語は定着していかない。
そして覚える際にも皮肉にも歳とともに記憶の定着は悪くなっていく。これはおそらく脳医学的にも仕方のないことなのだろう。高校生のときにはぼんぼんと頭の中に入ってきたのに全然入ってこなくなる。何か効果的に覚えられる手段はないものかと思う。
秋元康だったかが、このようなことを言っていた。「音楽とは思い出のしおりである」と。例えば中学時代によく聴いていた曲を聴くと鮮明にそのときのことが思い出されたりする。失恋の曲、結婚式に流れた曲、親友と朝まで飲み明かしたときに聴いていた曲、その曲ひとつひとつが何年経っても強烈にしかも至極鮮やかに記憶を蘇らせてくれる。
脳の話になるが、音と匂いというのは記憶に直結しているものらしい。つまりこれを効果的に使って、単語を覚える手段はないものかと最近考えている。例えば曲を聴いて記憶を思い出すのであれば、その単語の発音を聴くと意味がぱっと思い出されるというようなことが可能のようにも思えるのだが。これを実現にうつせるアイディアを毎日教えながらも探している今日この頃である。
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