Friday, October 24, 2008

 

英会話のマスター

個人的な話になるが、プラハ(チェコ)に行ってきた。ヨーロッパに行くのは初めてなのだが、友達に会うついでに行ってきたわけである。

チェコはチェコ語である。しかしながら、ヨーロッパ有数の観光地ということで、お店ではほぼ英語でオッケーである。郊外の小さな街にサッカーを観に行ったときには誰も英語をしゃべれなくてけっこう焦ったが。プラハではそんなことはなかった。

とは言ってもあちらも第二言語。べらべらーっとまくしたてられることもないし、ネイティブスピーカーよりは理解しやすいものと思われる。ネイティブスピーカーだとスラングだなんだとトリッキーな言葉を使うことも多いが、そういうこともない。外人恐怖症の人も幾分落ち着いて話せるのではないだろうかと思う。

ふと、そういえばこんなことが前にもあったなあという感覚を覚えた。

それは、オーストラリア留学時の英語学校のことだった。あちらにわたって間もないころで、英語には自信はないし、ネイティブの友達を作ろうにもつたない英語に辛抱強く構ってくれる人はそんなに多くはない。ネイティブから表現を盗めと言ってもリスニング能力に根本的な問題があればそれは難しいことである。英語学校だと留学生しかいないし、僕は自然と韓国人やタイ人と仲良くなった。

このような第二言語同士の会話には利点がある。まずは焦らなくてもいいということ。そして会話のスピードがそれほど速くないということ。相手がばーっとまくしたててくることがないために、お互いの会話量が偏らないことが多いということ。ネイティブと英語力が足りない段階で会話をしようとすると、会話についていくことが精一杯で自分の言いたいことが言えない、または文を作る余裕がなくて単語での会話になってしまう、その結果、コンプレックスを抱いてしまう、というかなりの悪循環に陥る。

ある程度の流暢性、英語力を持つまでは第二言語の人と英語を話すということは非常にいいトレーニングになると思う。むしろネイティブスピーカーと話すよりもいい訓練になることもある。

僕の場合にはオーストラリアに渡った時分には、文法、単語は受験勉強のおかげでかなりのレベルにあったと思うが、流暢性がまったくなかった。僕の担任の先生の僕の英語力への評価は高かったが、ライティング、リーディングなどの会話以外の面を知らないカウンセラーなどは全く僕の英語力を評価してくれず、大学に行くと言っても厳しいことを言われた記憶がある。

その頃の僕に必要だったことは、頭の中にある知識をどんどんと口にして会話できる力を磨くことであって、ネイティブの速さについていくことではなかった。そのためには、第二言語同士で英語を話すということは非常に役に立ったし、いいトレーニングになった。

つまり、文法・単語などの基礎を叩き込み、まずは読み書きができるようになる→第二言語同士で会話をする→ネイティブと会話をする、が話せるようになるための一番いい方法ではないかと僕は思う。変な癖やコンプレックスを持たないためにもまずはステップを一段ずつ上がっていくという気持ちを英語を勉強している人には持ってもらいたいと思う。なぜかプラハ旅行から帰る飛行機の中でそんなことを改めて思った僕だった。

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