Friday, February 26, 2010

 

お知らせ

4月より、All Aboutというサイトで英語講師のプロとして掲載されることになり、そちらでブログを書くことになりました。ですので、ただいまそちらへ移行する準備をしております。4月からもよろしくお願いします。

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Tuesday, November 10, 2009

 

継続は力なり

教えていくなかでもどかしさを感じることがけっこうある。

僕は、海外で生まれ育って自然と英語が話せるようになったというわけではなく、日本で英語を勉強して大学の4年間をオーストラリアで過ごした。つまり、生徒の方と同じように文法や単語も留学する前に勉強していたし、これをやらなければいけない、量としてはこれぐらいが必要だ、というのも経験上わかっている。例えば僕が勉強していた単語の本はロングセラーで今でもかなりの人が勉強しているが、この1冊で海外で生活していくうえでけっこう大部分の単語が網羅されていると思う。だから、これを1冊やるといいとおすすめしたいのだが、社会人の方だと時間がなかったりもするし、性格上どうしても怠けてしまう人もいる。

こちらとしては、「これだけやらないといけないから、授業ではこれをやって家でこれをやってもらおう」と思って宿題も出すのだが、これがなかなか計画どおりに行かない。かといって、そんなに強く言う事もできないし、何より学生とは違って、無理矢理やってもらっても意味はないと思うので、強くは言わない。例えば宿題でもとりあえず空欄を埋めました、という感じのものもあるし、これはすごい時間かかってるなあと思うものもある。結局その人のやる気の問題なので、これを持続させる助けをしてあげるのが講師の役目だと思う。

ただ、世の中は偽情報があふれすぎていて、英語は簡単にマスターできると思っている人も多いので、「このペースで行って、目標の英語力にたどり着くにはこれぐらいの時間がかかる」というと「え、そんなにかかるんですか?」となってしまったりする。「1年で英語ってマスターできますか?」と聞かれることもあるのだが、答えは「可能、ただし、あなたの毎週の勉強量による」という答えになってしまう。やる量というのはもう決まっていてあとはそれをどのペースでやるか、ということだけである。しかも社会人で時間が限られているとなるとペースというのはおのずと限られてくるのだが、これを焦って進めてしまおうとする人も多く見られる。例えば冒頭の単語の本だが、50ぐらいのセクションに分かれていて、それぞれ最低30ぐらいの単語は入っている。30個を1週間に覚えるのはとても大変だと思うが、そのペースでも悠に1年かかってしまう。時間のない人では2週に1セクションがいっぱいいっぱいだと思う。そうすると2年はかかる。

英語と言うのは時間がかかる。じっくりと腰を据えて着実にやっていくことが重要だと思う。自分の勉強してきた経験からもこれだけは真実だと思う。「継続は力なり」。単語も1日に100個詰め込むというのではなく、毎日3個増やしていくということができる人はすごく強い。極論すれば、毎日何かをできる人は結局なんでも成し遂げることができると僕は思う。

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Friday, August 14, 2009

 

新しい単語の覚え方

当校では、語彙と文法が英語力の基礎であるというスタンスの授業を行っているわけだが、それでは単語はどのように覚えるといいのか、と生徒の方から質問を受けることがよくある。

前にこちらのコラムで、その単語の覚え方について書いた。基本的に何かを覚える場合にはそれを思い出す手がかり=連想とともに、人は脳に記憶するものである。これは心理学の教科書に書いてあったのだが。つまりその手がかりが多ければ多いほど、その単語を思い出しやすくなる。なので、和訳だけではなく、同義語とか自分のイメージとかそういったものも一緒に覚えると思い出しやすくなるという内容だった。

また、もうひとつ大事なことは、完全に覚えるまで徹底的に見直すことである。日本ではテストが終われば単語は忘れてもいいというテストが多すぎるために、短期間にがっと覚えてテストが終わったら忘れるという勉強法が主流になってしまっている。もちろん、これでは使えるようにはならない。

まとめると気をつけるべきは2点。覚えるときにはなるべく多くの手がかりとともに覚える事。そして、それを定期的に見直すこと。それに伴って、単語ノートはなるべくきれいにして見直すのが苦にならないようにしておくこと。

そして、もうひとつ個人的なことを思い出した。僕は大学時代に心理学を勉強していて、これはもう覚える事が非常に多いのだが、すごくうまく機能した勉強法があった。当時僕もどのようにいろいろな用語を覚えていくべきかと悩んでいた。普通はテキストに蛍光ペンを引いたりするが、これがあまり機能しないことはすでにわかっていて、そこで僕がやったことは自分で問題集を作ることだった。たとえば「○○効果」というような用語があったら、これを誰かに出題するつもりで問題を作る。「○○効果というのは、どんな効果か?また日常生活でこの効果が見られる例をあげよ」という感じで。それに対する解答も自分で作る。問題もいつも同じタイプの問題を作るのではなく、この用語ならこういう問題がいいだろう、と出題者の気持ちで作ってみる。記述問題、間違い探し問題、ケーススタディ・・・

問題を作る時点でその用語についての最も大事なことを知っておかないとまず問題が作れない。そこでテキストを読んでこの用語について深く知ろうとする。そして解答もしっかりと作らないといけないので、「例をあげよ」という問題の答えも自分で考えなければいけない。

こうして、問題を作るうちにおのずとその用語についての理解が深まっていく。見直すときにもクイズ感覚で見直せるので、苦にならない。もし、友達同士で問題を作りあってお互い交換して答えたら、これはかなり効果的に覚えられるのではないかと思う。まずはこの方法で自ら新しい単語を覚える実験をしてみるので、その効果のほどをまた報告したい。

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Thursday, May 07, 2009

 

オージーイングリッシュ

僕の場合、英語を話していると「ねぇ、あなたオーストラリアにいたでしょ?」とよく聞かれる。僕の英語はとにもかくにもオージーイングリッシュのようだ。この前もアメリカ人に言われたので「どこらへんでそう思った?」と聞いてみたのだが、「もう全部よ、全部!っていうか、もうAustraliaっていう単語の発音からすでにあなたオージーイングリッシュよ」と言われた。特にどの単語を使うから、というわけでもどの単語の発音がという部分的なものではないらしい。別に僕はオージーイングリッシュを話そうと意識しているわけではないし、正直どこのどのへんがオージーイングリッシュかというのを詳細に指摘できるわけでもない。

それについて僕がどう思うか、というとこれはもう嬉しいの一言である。オーストラリアの英語というと英語の中では決して都会派のものではないし、方言みたいなものだ。英語の中ではかっこいいという部類のものではないとは思うが、僕は自分の英語がオージーイングリッシュだと言われることがこのうえなく嬉しい。

なぜか。オーストラリアが好きだというのもひとつの理由だけれど、それよりも自分の英語に関することで嬉しく思うほうが大きい。言語というのは、関西弁だってそうだけれど、その地域に住むと自然にうつってくるものである。ただ、その地域に溶け込もうとしなければ、もちろんうつらない。東京でも関西弁で通しつづける人もいるし、東京の人でも関西に行って関西弁になる人もいるし、ならない人もいる。
留学生でも同じで、せっかく外国に行っても同じ国からきた同士でいつも一緒にいて、溶け込もうと努力をしない人もいる。

僕は英語をモノにしようと思って留学したし、情けない思いやみっともない思いをしながらも必死で溶け込もうと努力をしたつもりである。もちろん、もっともっとやれたと思う点もあるけれど、自分の中では概ね満足していることも多い。そして、その自分が頑張ったことを証明してくれるのがこの自分のオージーイングリッシュだと僕は思っている。

そんなことが理由で、自分の英語がオージーイングリッシュと言われるたびに嬉しく感じる僕である。

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Tuesday, May 05, 2009

 

最近、感じたこと

最近、通訳やら翻訳やらという仕事をひょんなことから頼まれてやってみたのだが、なかなか勉強になることがあった。

通訳というのは難しいものである。直訳をしても全然言わんとしていることが伝わらない事も多いし、その人の言っていることを変えすぎる訳にもいかない。そもそも日本語にはあって英語にはない表現だってたくさんある。例えば、授賞式のようなものがあって、そこで「プレゼントです、お受け取りください」という言葉があったのだが、これを「This is a present. Please receive it」ではまったくおかしく、「Please receive it」というよりは「I hope you will like it」のほうが英語では自然なのである。日本語でだらだらと長い文も英語にしてみると相当に短くなるということもあった。このような直訳の限界、弊害というものを改めて感じた。

もう1つは、自分自身の英語についてである。わりと難しい講義の通訳だったのだが、最初のうちはなかなか学問的でぴたっとくる表現が浮かばなかったりした。後から、あれって何て言えばよかったかな、と思うと出てくるのだが、そのときには浮かんでこない。やるに従って自分でもしっくりくる表現で通訳できるようになった。これはいったいなんなのだろう、と思っていて1つの考えにたどり着いた。僕は、簡単な単語や語彙を使うことが癖になっているのかもしれない。例えば、教えている授業でも初心者の方というのは多いわけで、その場合には難解な語彙を使うよりもまずはこれを覚えてほしいというものをその方のレベルに応じて使っている。そうすると難解な語彙というものを使う回数は減っていき、どんどんと引き出しの奥のほうに沈んでいく。もちろん引き出しの中には入っているのだが、これを出してやる機会を適宜作らないとこのような語彙はどんどんとぱっと出てこなくなっていき、しまいには忘れてしまうのかもしれない。

これは僕のケースであるが、もちろん生徒の方にも当てはまることである。せっかく覚えた新しい語彙や表現も使わなければ忘れていく。しかし、その語彙や表現のなかには普通の生活ではなかなか出てこないものだってあるわけである。これを補うためには、作文等の宿題でそういったものを使う問題を出してあげることが非常に重要な意味を持つ。また、英作文をする際にも「宿題だからやればいいんでしょ」という感じではなく「この日本語に対応するもっともふさわしい英語の表現はなんだろうか」と内容にこだわって英作文をすることが大事ではないかと思う。そう考えるとやはり日本の学校教育では莫大な英単語を覚えさせてはいるが使う機会が極端少ないわけで、みんなが単語を忘れていくのも無理はないのかもしれない。

単語、表現の定着には覚える労力よりも見直す労力、そしてそれを何回も使っていくこと、こちらのほうが大事である。そんなことを改めて感じた。

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Monday, April 06, 2009

 

TOEICについて

TOEICが日本、アジア圏でもてはやされている。日本では就職・転職のときに英語力=TOEICということになっているが、これにはいつも違和感を感じる。

TOEICにはリスニングとリーディングしかない。そのため、本当の英語力を測るものとしては明らかに不十分である。その一方、良いところは、マークシートなので、細かい点を出すことができる。他のライティングやスピーキングがあるテストではそうはいかない。例えばイギリスやオーストラリアといった国で使われているIELTSというテストがあるが、これは9.0といった感じで0.5ポイントごとの点数になっている。ライティングやスピーキングは採点者の主観がかなり入ってきてしまうため、細かい採点が難しいという理屈はよくわかる。

また、マークシートで採点が容易なため、ほぼ毎月行われているという手軽さもある。単語もビジネス寄り(書き言葉)になっていて、仕事の現場で必要な語彙とも言える。しかし、書き言葉ということは裏を返せば会話では使われないものであったり、堅すぎて普段の生活では使わないものでもあったりする。何より問題なのは「文を作る」能力がまったく問われないということ。もちろん、他のTOEFLやIELTSは大学へ入る際に使われるテストであり、ビジネス用ではないということから考えると他にビジネス用のテストはない。TOEICが選ばれている理由もわかることはわかる。

ただ、TOEICが偏重されているおかげであまりに点数を取ることばかりを目指す人が多い。日本の学校のテストとよく似ている。テストで点さえとればいいというようなスタイルと同じになってしまっている。本当に使える英語力でないと意味がないというのに。○年前に800点取れました、でも今はもう500点です、という人もけっこういる。詰め込み式の日本人の勉強法には合うのかもしれないが、これでは意味がない。例えば、単語を覚えるのにも読んで意味がわかるレベルと使えるレベルというのはまったく違う。3つの似ている意味の単語があれば、読む分には全部同じように訳せばいいが、使う際にはその違いが問題になることも多い。何より意味だけでなくその単語の使い方を知らなければいけない。動詞ならどの文型が取れるのか、どんな前置詞と仲がいいのか、等。

確かにTOEICの点数が転職・就職に重要視されているということは紛れもない事実であり、英語力のひとつのものさしであるとは言える。ただ、英語を勉強する方はその先にあるものを見据えたほうがいいと思うし、使える英語力ということを念頭におく必要があると思う。

TOEICは使える英語力を身につけていく過程で自分の伸びを確かめるのに使うテストという位置付けが正しいと僕は思う。TOEICの点数が目標ではなく、英語力を伸ばすのが目標で、その伸びを確かめるためにたまにTOEICを受けて点数にしてみる、という感じである。

近い将来、もっと英語力を包括的に点数にしてくれるテストが出てくればなぁと思うが、難しいだろうか。

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Friday, April 03, 2009

 

英語と政治

毎日のように不況の話である。

サブプライムローンからはじまった世界同時不況。さすがに、どの国にも不況の影響は色濃く出てきている。日本でも派遣切りやらなんやらとマスコミもはやし立てているし、企業の決算を見ても「○○年ぶりの赤字」というのが多い。貿易大国日本がついに赤字というのだから、かなりの惨状だと言える。これはどこの国でもそうだ。日本はまだマシなほうだと思われてきたが、とんでもなく、アメリカの次に悪いぐらいではないかという数字が出ている。

というわけで、どこの国もかなりの手を打ってきているわけである。アメリカはもうなりふりかまわずにきているし、将来返さねばならない国の借金よりまずはこの状況をなんとかするのが先だろう、という意志が伝わってくる。どこの国でも相当に大規模な景気刺激策を打ち出して景気の回復に必死である。

さて、わが国日本は・・・というと。目玉が定額給付金に高速の割引だという。面白くないエイプリルフールの冗談のようにしか思えない。本当はもっともっと大規模なものが必要なのだが、どうにも危機感というものが見えてこない。高速もシステムが整ってないままに見切り発車して1000円のはずが二倍取られるだ、とかもうひどい話である。いきあたりばったりという言葉しか思いつかない。

これが日本という国の政治、体制を象徴している。警察に行っても事件がおきなければ動いてくれないし、すべては問題が起きてからようやく動き出す。もちろん、起きてからでは手遅れなのである。要は、長期的な視野で物事を見ていない。すべていきあたりばったりなのである。政治家は将来の日本ではなく目先の票につながることしか言わない。例えば、将来絶対に福祉にお金が足りなくなりますから、消費税今のうちに上げましょう!と言ってくれる政治家はいないものなのか。

ま、日本の政治は専門家の批評にまかせるが(僕はもう麻生某という人に期待はできないことは絶望的にわかっている)、この長期的な視野というのは何にでも当てはまる事である。英語の勉強もそうで、英語を使う部署に異動になって、明日から英語が必要なんです!と言ってもそうは簡単に身につくものではない。常に先手を打って動いておかなければいけない。そして、英語をやろうと思ったのなら、焦らずに段階を踏んで勉強していかなければいけない。書けない人がしゃべろうとしても無理だし、単語を知らない人がリスニングできるようになろうと思ったって無理なのである。

「どれくらいでTOEIC○○点取れますか?」という質問をよく聞くが、あまり好きな質問ではない。その点数を取るためにやることは決まっているが、あとはそれをその人がどのペースでやるかということだけなのである。TOEICの点数だけでなくもっと長期的な視野を持って、どうやって使える英語力を身につけるかというところに主眼を置いてもらいたいと思う。その途中でTOEICを受けてみたらこんな点数でした、が理想である。TOEICの点数は自分の伸びをはかるものさしにはなるが、決してゴールではない

日本の教育を見ていても英語を話せる人材を育成する気があるようには思えないし、というよりもいつになったら英語を完璧に話せる総理大臣が出てくるのだろう。英語と政治、なにかいろいろと考えさせられる最近である。

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